東京高等裁判所 昭和33年(う)1677号 判決
被告人 清水豊
〔抄 録〕
論旨第一点について。
原判決が本件公訴事実のうち、「被告人が昭和三十三年二月一日千葉県市原郡南総町下田尾四百七十一番地旭建設株式会社田尾出張所飯場において、菅原勇次から腕時計一個を騙取した。」という事実につき、論旨摘録のように判示して無罪の言渡をしたことはまことに所論のとおりである。そこで記録を調査し、かつ当裁判所で行なつた証拠調の結果を総合して検討すると、被告人は、昭和三十三年一月十五日頃、菅原勇次を千葉県市原郡南総町石川時計店こと石川清一に紹介し、腕時計一個を代金七千円、その支払方法は二月五日、三月五日の二回払と定めて買い受けさせたが、菅原が急に郷里の山形県に帰ることになつたのを知り、同年二月一日頃同人に対し、右腕時計を前記石川に返還してやる意思がないのにかかわらず、あるように装い「田舎へ帰つてから代金を送るといつてもなかなか送れるものではないから、時計は売主の石川へ返した方がよいだろう。時計は俺が預かつて時計屋へ返してやる」旨虚構の事実を申し向け、右菅原をしてその旨誤信させて、即時同所において同人から前記腕時計一個の交付を受けてこれを騙取した上、同月三日頃右腕時計を安藤昇に金二千五百円で売却した事実を認めることができる。原判決は「被告人は腕時計を菅原から預かつている旨を石川清一に告げ、かつ右腕時計を他の者に買い取らせることについて同人の了解を得ておること、安藤にこれを売るときも菅原が買い受けた時計であることを打ち明けておることが認められるから、結局被告人に騙取の故意があつたと認め得る証拠が十分でない」と判示しているが、原審第二回公判調書中証人菅原勇次、同安藤昇、同石川清一の各供述記載ならびに原審第八回公判調書中証人菅原勇次及び同安藤昇の各供述記載を総合すると、被告人が本件腕時計を安藤昇に売り渡す際、これは菅原が買い受けたものである旨を告げた事実は認められないではないが、被告人が安藤に右時計を売り渡したのは、菅原からこれを受け取つた翌日の二月二日頃であること、また被告人がその旨を石川清一に告げたのはその数日後の同月八日であること、石川は事前には勿論、事後においても被告人が右時計を他へ売却することを了承した事実のないことが認められるから、被告人が右菅原勇次から右時計を受け取る際にはこれを石川に返還する意思はなく、むしろ自己に領得する意思を有していたものと認めざるを得ない。してみれば原判決が叙上のように判示して、被告人に騙取の意思がないと判断したのは、証拠の価値判断を誤り延いて事実を誤認したものにほかならず、この誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、結局原判決は破棄を免れない。本論旨は理由がある。
よつてその余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十二条に則り原判決を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所で直ちに次のように判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は
第一 昭和三十三年一月十三日千葉県市原郡南総町鶴舞三百十六番地時計商三好幸雄方において、同人に対し、約定通り代金を支払う意思ならびに能力がないのにかかわらずあるように装い、「よい時計を買いたい。代金は九千円と八千円の二回に分けて間違なく支払う」旨虚構の事実を申し向けて同人をその旨誤信させ、因つて即時同所で同人から売買名下にスイス製金側腕時計一個(時価一万七千円相当)の交付を受けてこれを騙取し
第二 同年二月一日頃、同町下田尾四百七十一番地旭建設株式会社田尾出張所飯場において、土工菅原勇次から、さきに同人が同町石川時計店こと石川清一より月賦契約により購入した腕時計(オリエント十七石十三型)一個の代金支払につき、右菅原が郷里の山形へ帰るため同所から送金したい旨を聞くや、同人に対し、右腕時計を前記石川に返還してやる意思がないのにかかわらずあるように装い「田舎へ帰つてから代金を送るといつてもなかなか送れるものではないから、時計は石川へ返した方がよいだろう。時計は自分が預かつて時計屋へ返してやる」旨虚構の事実を申し向けて右菅原をその旨誤信させ、因つて即時同所で同人から前記腕時計一個(時価金七千円相当)(千葉地方裁判所昭和三三年押第四八号の一)を交付させてこれを騙取し、
第三 同月八日同県茂原市大成建設川島工業株式会社作業現場において、土工飯野五郎に対し、さきに同人に売却した携帯ラジオ受信機の代金千円を請求したところ、同人が右受信機が壊れていることを理由として請求に応じないところから、同人に対し、右受信機を他の受信機と交換してやる意思がないのにかかわらず、よい品と交換してきてやる旨虚構の事実を申し向けて、同人をその旨誤信させ、因つて即時同所において、同人から携帯ラジオ受信機一台(時価一万円相当)(前同押号の三)の交付を受けてこれを騙取したものである。
(三宅 河原 下関)